Thursday, May 26, 2011

子どもは薬物影響大

子どもは薬物影響大 副作用解明や予測に期待

   特定の薬物は、子どもの方が大人よりも脳に取り込まれやすく蓄積もしやすいことを理化学研究所分子イメージング科学研究センター(神戸市)と東京大のチームが初めてアカゲザルで確認し、25日発表した。

   チームは、薬物の副作用の現れ方は年齢差がある場合があるが、薬物の脳への移行が関わっている可能性があるとしている。副作用の原因解明や予測に役立ちそうだ。

   チームは幼少期、成熟期のサルに、抗インフルエンザ薬のタミフル、抗不整脈薬を静脈に注射。薬に含ませた炭素を目印に脳内の濃度や取り込まれる速さを陽電子放射断層撮影装置(PET)で調べた。
薬物(上段は抗不整脈薬、下段は抗インフルエンザ薬)を投与した
幼少期と成熟期のサルの脳。明るい部分が薬物を取り込んだ部位。
理化学研究所提供)


2011/05/25 20:37 【共同通信】

47News



タミフル、若い脳に入りやすい…サルで実験

   インフルエンザ治療薬タミフルは、幼いサルの脳に取り込まれやすいことを、理化学研究所分子イメージング科学研究センター(神戸市)と東京大のチームが実験で明らかにした。

   ネズミでは同じ傾向がみられたが、人に近いサルでも確認されたことで、子供への投与のあり方を巡り議論を呼ぶ可能性もある。米放射線医学誌6月号で発表する。

   体内での薬の動きを観察できる陽電子放射断層撮影(PET)装置を使い、タミフルを投与したアカゲザルの脳内濃度を調べた。

   人間なら10歳未満の生後9か月のサルは、5~6歳(人間の成人相当)のサルと比べ、投与してから20秒後に平均2.5倍濃度が高まった。人間なら10歳代の2歳のサルも2倍濃度が高くなった。脳に取り込まれるスピードを解析すると、9か月~2歳のサルは大人の1.3倍速いこともわかった。

(2011年5月25日21時10分 読売新聞)

Yomiuri Online



薬物の脳内移行性は年齢で異なることを霊長類(アカゲザル)で確認
-子どもの脳は大人よりも薬物の影響を受けやすい-
平成23年5月25日
独立行政法人 理化学研究所

◇ポイント◇
・体内に投与された薬物は、幼少期の個体では脳に移行・蓄積しやすい
・タミフルの脳内への取り込みを霊長類での分子イメージングで初めて確認
・個人によって異なる薬物の副作用の解明や回避に期待

   独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、血中の異物や薬物から脳を守る機能は個体の成熟とともに発達し、幼少期には脳に取り込まれやすい薬物が存在することを世界で初めて霊長類(アカゲザル)で確認しました。これは、理研分子イメージング科学研究センター(渡辺恭良センター長)分子プローブ動態応用研究チーム髙島忠之研究員と、同分子プローブ機能評価研究チーム尾上浩隆チームリーダー、および東京大学大学院薬学系研究科との共同研究の成果です。
   脳組織と血液の間に存在する血液脳関門※1では、P糖タンパク質※2などの薬物輸送分子(薬物トランスポーター※3)が脳から血液へさまざまな物質をくみ出し、脳機能の恒常性の維持に重要な役割を果たしています。P糖タンパク質は異物から脳を守る働きがありますが、げっ歯類(ラット)を用いた実験から、その発現量は幼少期の個体では成体と比べて低いことが確認されています。しかし、個体の発達に伴うP糖タンパク質の機能の変化を詳細に解析した例はこれまでありませんでした。
   研究グループは、P糖タンパク質の輸送を受ける薬剤ベラパミル(verapamil)※4の脳内移行性を調べるため、放射性核種である炭素11(11C)を組み込んだPET(陽電子放射断層画像撮影法)※5プローブ R-[11C]verapamilを作製しました。このプローブをアカゲザルに静脈注射し、脳内移行性をPET解析した結果、幼少期のサルでは、成熟したサルと比べて2.3倍、脳への取り込み速度が高いことが分かりました。次に、未成年者に異常行動を起こす副作用が指摘されている抗インフルエンザ薬オセルタミビル(oseltamivir:商品名タミフル)について同様にPET解析したところ、やはり幼少期のサルでは成熟したサルよりも約1.3倍速く脳へ取り込まれることが分かりました。この結果は、年齢による副作用の現れ方の違いに、脳内移行性の差が関わっている可能性を示しています。研究グループは今回の手法をヒトに応用し、さまざまな薬剤の脳内移行性を検証する予定です。これにより、副作用の原因の解明や副作用が起きる可能性を予測できることが期待できます。
   本研究成果は、米国の科学雑誌『The Journal of Nuclear Medicine』(6月号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版(5月13日付け:日本時間5月13日)に掲載されました。

1. 背景
   薬物動態研究は、体内に取り込まれた薬の動きを調べ、最適な薬の飲み方や副作用の少ない“患者にやさしい薬剤”の実現を目指す重要な創薬研究分野の1つです。薬の動きや薬効、副作用は個人差を示す場合があり、近年、各個人に応じた薬の飲み方を設計する医療の考え方が進んできています。
   ヒトに投与した薬物の効果や副作用については、これまで主に血液や尿中の薬物濃度の測定によって評価されてきましたが、薬剤の全身組織への分布などを直接解析することは実現できていませんでした。分子イメージング※6技術の1つであるPETによる観察は、生体内での薬物量や位置情報を非侵襲的に直接捉えることができるため、薬物動態研究の分野で非常に注目されています。
   体内での薬物の輸送には、「薬物トランスポーター」と呼ばれるタンパク質群が関与しています。その機能は、遺伝子多型、病態、薬物相互作用などで変化し、薬効のバラツキや副作用発現の一因になっていると考えられています。
   薬物トランスポーターの1つであるP糖タンパク質は、多くの薬物や異物の輸送に関わり、血液脳関門では脳に入ってくる物質を血中に戻すことで異物から脳を守っています。しかし幼少期の血液脳関門は、P糖タンパク質の発現量が成体と比べて少ないことがラットなどのげっ歯類で確認されており、ヒトでも成人前の血液脳関門の機能が未熟であることが指摘されています。このことは、薬剤や環境物質の脳に対するリスクが、成人と子どもで大きく異なる可能性を示しています。しかし、個体の発達に伴うP糖タンパク質の機能変化を詳細に解析した例はこれまでありませんでした。
   研究グループは、ヒトと同じ霊長類のアカゲザルを用いて、P糖タンパク質で輸送される薬物の分子イメージングを行い、この薬物の脳内移行性が年齢によってどのように異なるかを調べました。さらに、未成年で異常行動を起こす副作用が指摘されている抗インフルエンザ薬タミフルについても、同じ方法を使って年齢の影響を調べました※7

2. 研究手法と成果
   研究グループは、P糖タンパク質に輸送されることが既に分かっている薬剤ベラパミル(verapamil)に、放射性核種である炭素11(11C)を組み込んだPETプローブ R-[11C] verapamilを作製しました。これを幼少期(9月齢)、青年期(24~27月齢)、及び成熟期(5.5~6.8年齢)のアカゲザルにそれぞれ静脈注射してPET解析を行った結果、[11C]verapamilの脳内濃度は、幼少期のサルでは成熟したサルと比べて、投与2分後に最大で4.1倍高いことが判明しました(図1)。同様に、タミフルをPETプローブ化した[11C]oseltamivirを用いたPET解析でも、その脳内移行性は幼少期のサルで成熟したサルの2.5倍と高くなっていました(図1)。
図1 R-[11C]Verapamilおよび[11C]oseltamivirを投与したサル頭部の
PETイメージング画像と時間-薬物濃度推移

   さらに、各齢個体で薬剤が脳に取り込まれる速度を詳細に解析して比較すると、幼少期のサルでは、 R-[11C]verapamilで約2.3倍、[11C]oseltamivirで約1.3倍、程度は小さいものの、成熟したサルより薬剤の脳への取り込み速度が大きいことが分かりました(図2)。なお青年期のサルにおいても、R-[11C]verapamilでは約1.4倍、 [11C]oseltamivirでは約1.3倍と、成熟したサルよりも薬剤の脳への取り込み速度が大きく、その程度は幼少期とほぼ同程度かそれ以下であることが分かりました。
図2 各齢サル個体の脳への薬剤取り込み速度の比較

3. 今後の期待
   体内に取り込まれた薬剤の動きは小動物とヒトとの間で大きな種差があるため、動物実験の結果が必ずしもヒトに応用できない場合があります。タミフルの脳内移行性については、これまで成熟マウスで調べられたことがありますが、脳内濃度が検出限界を下回っていたため詳しく分かっていませんでした。今回、アカゲザルを用いて脳内移行性に関わる薬物トランスポーターの機能を解析できたことにより、ヒトに近い霊長類での薬物動態研究の進展が期待できます。
   また、この方法論をヒトのPET検査に応用できれば、さまざまな薬剤の脳内移行性をヒトで直接調べることが可能となります。分子イメージング科学研究センターはGMP※8に適合するPET薬剤合成設備を有しており、理研で開発したPETプローブを速やかにヒトで検証できる体制を整えています。研究グループは今後、さまざまな薬剤のヒトでのPET検査を計画しており、新しい薬の開発や個人に最適な副作用の少ない処方の実現に向けた研究を進めていきます。

< 補足説明 >
※1 血液脳関門
血中の薬物が脳内へ移行するのを制御する機能。多くの薬物トランスポーターの働きにより、ブドウ糖やアミノ酸などの栄養素は選択的に透過し、毒物・薬物は血中へ戻される。
※2 P糖タンパク質
さまざまな薬物などの異物を運搬する最も有名な薬物トランスポーターであり、脳、肝臓、腎臓、消化管などに発現している。特に、脳を薬物などの異物から守るため、脳に到達した薬物を血液へくみ出す役割を担っており、この過程におけるP糖タンパク質の機能を評価した報告だけでなく、P糖タンパク質を介した薬の飲み合わせ、遺伝子多型へ応用した研究など、数多くのP糖タンパク質に関わるPET研究が報告されている
※3 薬物トランスポーター
体内に取り込まれた物質や異物の組織移行と排せつにおいて重要な役割を果たすタンパク質の1つ。代表的な物質には、P糖タンパク質(P-gp, MDR)、Multidrug Resistance-associated Protein (MRP)、Breast cancer resistance protein(Bcrp)などがあり、脳、肝臓、腎臓などに発現している。薬物トランスポーターの中には、遺伝子多型や薬物の飲み合わせによる薬物間相互作用によって機能が変化するものもあり、薬物トランスポーターによって体内動態が支配される薬物では、薬効の変化や副作用の発現などに影響する可能性がある。 
※4 ベラパミル(verapamil)
不整脈、狭心症等の疾患に対して処方されることが多い薬剤。商品名ワソラン。
※5 PET(陽電子放射断層画像撮影法)
Positron Emission Tomography(陽電子放射断層画像撮影法)の略。ごく微量の放射線を出す放射性核種を薬などの分子に組み込み(PETプローブ)、そこから出る放射線を測定し、薬が体内のどこにあるかを見る方法。PETで見ることができる放射線を出す原子は、炭素(C)や窒素(N)、酸素(O)、フッ素(F)など、体内にある普通の原子である。 
※6 分子イメージング
生物が生きた状態のまま、生体内の遺伝子やタンパク質などのさまざまな分子の挙動を非侵襲的に観察する技術。PETはその代表的な手法の1つ。
※7
本研究の一部は、平成17年度~平成21年度に実施された文部科学省委託事業「分子イメージング研究プログラム」の助成を受けて行われました。
※8 GMP
Good Manufacturing Practiceの略。ヒトに用いる医薬品や医療器具の製造・品質管理に関する、国が定めた基準。

独立行政法人 理化学研究所

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